_果樹園の記録

よい枝を探す(2010.05.27)

りんごが開花してからこちら、低温が続いています。りんごばあちゃんのトマトも生育が芳しくないとか。
さらに昨日の新聞記事、長期予報で今年は冷夏の見込みとのこと。
昨年の長雨による果実の肥大不良を思い出し、予め何らかの対策ができないものか、と思っているところ。青森県の情報紙では、「早めに強めの摘果作業を行うこと」とありました。
きっちりスケジュール管理をしていかねば、と思う今日この頃です。

現在の作業内容

さて、果樹園では、しばらく着果数管理(摘花/摘果作業)が続きます。
今シーズンは、人工授粉を平年よりも徹底して行いましたが、それでも肝心の授粉時に低温が続いたため、(やはり?)中心花の結実ないし形状が思わしくありません。
(↓)中心花が萎れた花そうも見受けられました。

(2010.05.20撮影)

こうした授粉障害に限らず、当地は晩霜害がよく発生します。そこで当園では着果数の管理を、花そう単位で間引きを行う「花そう摘花」にてまずは進め、後に果実の形状を観ながら「一つ生り」にするようにしています。
で、現在、花そう単位での摘果を進めています。

良い枝の条件

花そう単位の摘花/摘果では、先ず、昨年延びた枝の腋芽花や直上枝など明らかに生らせない花そうを摘み取ります。
次いで、残った花そうで、どの花そうに生らせるのかを決め、それ以外を摘み取ります。それは、どういう枝に生らせれば良い果実が収穫できるのか、という話です。

中果枝が良い、果台が20mmを越えないものがよい、ということは摘果の講習会などでよく言われています。
古幡芳明氏はさらに、「前年の延びが10cm程度、果台が15mm程度、当年枝(新梢)が5〜6cm内の組み合せの結果枝が理想的」と具体的な数字をおっしゃる。(新聞記事や情報紙などで紹介されています。)
例えば、以下のような組み合わせだと理解しています。(新梢の延びはまだ続く可能性があり、正確ではありませんが。)

(前年の延びが10cm程度)

(10mm程度の果台)

(5〜6cm程度の新梢)

もう一つの例を。

(10cm程度の前年枝)

(10mm程度の果台)

(5〜6cm程度の新梢)

しかしこれは、中心花をよくよく見ると、少し変形しています。おそらくは授粉が十分ではなかったのかと思われます。
ちょっと残念なこと。

一方で、生らせない=摘み取ってしまう枝のこと。
次の枝は、前年の延びた長さが20cmを越える長果枝で、新梢(当年枝)は既に20cm近くあり、果台も20mmほどになっています。

こうした枝に生らせると、かなりの確率で青味果などの不良果となってしまうので、摘み取ってしまいます。

摘花/摘果は、前年枝、果台、当年枝の組み合わせを見比べながら、良い枝はどこにある?と探し続ける作業であり。
そして同時に、肝心なこと、どうしたら「前年の延びが10cm程度、果台が15mm内、当年枝(新梢)が5〜6cm内」という組み合せを持った結果枝を確保できるのかを考える時間となります。樹の生理について、文献をひっぱったり、色々とある剪定や摘花/摘果に対する樹や枝の反応に仮説を考えたり。
楽しんでる?と言われれば、否定できないような時間を過ごしています。


ちなみに、こんなことを考えています

良品生産を継続されている生産技術に、このような焦点の当て方はどうだろうかと考えています。こんなことが明らかにできれば、面白いかも知れない。
名人の技を、普及できるかどうかの評価はさておいて、こんな分析をして欲しい、と思ったり。もう、既になされている研究かも知れませんけども。

その1 剪定する人の情報抽出

「剪定の方針を決める際に必要な情報をどのように抽出しているのか」

剪定の際、園主は、一方で理想樹形を描き、他方で過去の樹の来歴を思い起こしながら、暴れないように、かつ衰弱しないように、鋸と鋏を入れています。
この剪定について、これまでは「どのような樹を作るのか、そのためにどのように鋸を入れ、鋏を入れるのか」、そうした説明に重きが置かれてきたように思います。しかし、剪定の方針を決める際に必要な情報に関しては、まだまだ説明が少ないように感じます。つまり、自然に刺激を与え、その反応については調査・分析が重ねられてきたけれども、剪定する側の注意については、あまり調査がなされていないのではないかな、と。
例えば、他の人の園地に行って剪定を行ったら、その樹の調子が悪くなった、という話を聞きます。実際に、当園でも、結果として紋羽病になってしまった樹があります。
また、教科書通りに鋏を入れるのだけれども、かえって樹が暴れ、十分に肥大しなかったり、着色しなかったり、秀品率を高めるための剪定が、かえって逆効果をもたらしている場合もあります。
これらはおそらく、その樹が置かれている状態に対し、剪定を行った者の理想像が強すぎたためであろう、つまり理想樹形ばかりが先行し、その樹から必要な情報を抽出し切れていなかった、結果、過度の刺激を与えてしまった、ということができると思います。

一本の林檎樹を観て、それはそこにあるのだけれども、その樹が与えてくれる情報は人それぞれに異なります。

「剪定を行う際に、一本の林檎の樹に向かって、何に注視し、どのような情報を抽出しているのか。さらに、経験を積み重ねることによって、それはどのように変化していくのか。あるいは、抽出する内容は同じでも、それぞれの情報の重きが異なっていないか。」

熟練者には熟練者の、何かしらの傾向があるように感じます。何らかの情報を元に「もう少し、枝を抜いても大丈夫。」とか「今年はこれぐらいにして、来年、思い切って落とそう。」という判断をしているのですから。
剪定に必要な「目」。あるいは「勘所」。剪定を習得する中で、そうした見方が培われてくると思います(作法と同じように、後からその心はついてくる)。しかし、その「目」ないし「勘所」を効率的に習得することで、剪定技術はより安定するのではないかと考えています。
それに資するデータを集めることはできないものかな。

その2 枝の量の配置

「優秀な個体では、主幹の太さ、主枝の太さ、側枝の太さに対し、結果母枝、結果枝、果実重量がどのようなバランスになっているのか。」

樹は、切られると、失った分の高さなり長さを戻そうとする、反発が起きます。それは、樹が若返ることであり、その若返りを持って、その個体が長く生産を継続できるようになるのだと理解しています。
さて、失った太さを戻そうとする反発はどうか?という疑問があります。
ある太さに対し、どれくらいの量の枝を落とすことで、樹勢が適正に維持され、良品生産が継続的に行えるのか、さらに人によってどのような傾向を示すか、というテーマです。(「パイプ理論」を思い出しましたけども。)

他にも、ぼつぼつと考えたりします。
しかししかし、こういったものが数字で示されるようになると、それはそれで味気ないものかもしれませんね。
名人の技は、名人がすることに味がでてくるのかも。